● タウン誌に記事が掲載
帰国した磯沼さんは、昭和58年『ジャージーを育てる会』を発足。ジャージー牛は乳牛に最適の品種である。一頭の牛を持ち合いミルクの自家消費を始めることに決めた。会報を準備し牛の一生に付き合ってくれるオーナーを募る。 呼びかけに予想以上の人たちが集まり、タウン誌には記事が掲載された。
「経営は苦しくて、牛糞の問題もあっ
たけれど、出資や宣伝などで応援してくれる人がたくさん出てきてくれて、それはもう、うれしかった。」
大量生産に傾く時代、あえていいものを作ることに理解を示してくれる仲間に励まされた磯沼さん。これをきっかけに本格的にジャージー牛と取り組む。
平成6年、牧場内に工場を建て、ジャージー牛の新鮮なミルクをふんだんに使ったヨーグルトの生産を始めた。
「牧場を経営している内は、牛が持つ能力を最大限に引き出すのも私の仕事」
ヨーグルトの作り方からネーミングまで、心をこめて生まれたヨーグルトが、『かあさん牛のおくりもの』だ。
牛糞処理の問題も見方を変えてみた。都会近郊には、工場、特に食品工場が多く、磯沼さんは『コーヒーかす』に目をつけた。牛糞にコーヒーかすを混ぜてみたのだ。牧場一帯にコーヒーの香りがして、全く匂わなくなった。しかも驚くことに、堆肥の質がよくなり畑に効果が現れた。さっそく『牛之助』のネーミングで堆肥も売り出す。自然の材料を使うことで環境に配慮できた上、長い間の問題も解決。今では、他の牧場でもコーヒーかすを使い始めている。
● インターネットに活路が見える
「牛は捨てるところがないんですよ。牛乳、肉、骨、血、皮、内臓、糞。つまり、命がけで人間に奉仕してるんです。命を育てる楽しみ、牛との繋がりや歴史などもわかってほしいんです。」
そんな思いで、平成9年5月、『磯沼牧場』ホームページを開設。反響は大きく、見た人たちが、電話やFAXで、ヨーグルトを注文してきたのだ。
やがて雑誌やテレビに取り上げられるようになる。『街の中の酪農家と市民の交流』をテーマに、市街地牧場ファンクラブも作った。
「考え方を変えることによって、今まで見えなかったものが、見えてくることがあるんですね。」と静かに語る。
一冊のパンフレットから始まった『発想の転換』から20年後の今、磯沼さんは、日本全国からジャージー牛のオーナーを募りたい、と考えている。ホームページで、牛の成長をリアルタイムで全国に発信できるからだ。磯沼さんの『家(パソコン)で牛を飼おう!』が、もうすぐ実現する。