パン作りの楽しさを伝えること それは私のライフワーク
パン工房 くるみ 矢野久美さん
●余暇に始めたパン作りがすべての始まり
「私がパン屋を始めることに、娘たちは反対でした。」
4年前のことだが、矢野さんは懐かしそうに話し始めた。
当時、25年以上にわたり看護婦をしていた矢野さんは、月に1回大阪のパン教室に通っていた。通い始めたきっかけは、病院の仕事と家事に追われる久美さんの気分転換にと、夫が教室の案内をもらってきたのが始まりだった。88年、10月のことである。「こんなに美味しいパンを多くの人に食べてもらいたい。」という想いは、教室の回を重ねるごとに強くなっていく。その後6年間に矢野さんは、パンの作り方を教えるための過程にまで進んだ。
そして、病院に勤めながら、自宅のキッチンで月2回のパン教室を開くことにした。生徒が集まるかという不安は、まったくの杞憂にすぎなかった。生徒に教えている時間は、病院や家庭とは違った心地よい緊張と喜びを与えてくれる。同時に、受講生のパンへの関心の高さに驚かされることもあった。
これは、いずれ趣味を生かしてパン屋を開店したいという夢を、実現に向けて一気に加速させた。まず、自宅に隣接する農地にパン屋を建てるために、農地転用の許可を申請した。繁華街にはほど遠い立地条件であったが、近くに公立の病院や中型の団地もあり、矢野さんは潜在的な需要があることを確信したという。
「店舗の設計・建築、営業用の器具や材料の仕入れ、どれ一つをとっても発注先がわからず、まったくの手探りでした。」
ということばからは、ゼロから始める苦労が窺える。
結局、『パン工房 くるみ』が開店するまでの費用は約2500万。そのうち、半分は銀行からの借り入れとなった。
●手作り、無添加にこだわるパンはいつも完売
95年5月25日に『パン工房 くるみ』が開店してからも約1年間、矢野さんは病院に勤務していた。この間、二足のわらじを履くことになる。
毎朝4時に起きてパン生地を捏ね始める。一次発酵、分割、二次発酵、整型、仕上げ発酵と作業は続く。全部一人でこなさなければならない。まさに、時間との闘い。8時を回る頃に漸く焼き上がり、休む暇もなく病院へ。その後は、次女の友香理さんが店に立った。
それでも、15000枚刷ったチラシの効果もあって、夕方前には30種類近くあったパンはほとんど売り切れてしまう。目当てのパンをなかなか手にできないお客の中から苦情が出たほど、『くるみ』のパンは人気が高まっていた。
勿論、美味しいことはいうまでもないが、その背景には、「手作りで、無添加」という矢野さんのパン作りに対するこだわりがある。
「うちのパンは、昔のパンのように腰と粘りがあります。無添加だから日持ちはしません。」
と語る矢野さん。最初は、無添加の説明を必ず売るときにしたそうだ。ちょうど、消費者の食品に対する関心が高くなり始めた時期で、お客の方から買っていくパンの賞味期限を尋ねるまでに、それほど時間はかからなかった。日持ちの点で短いという特徴は、安全というセールスポイントに転化されたのだ。
加えて、アレルギーのある子供を持つ母親からの要望があると、卵を入れないパンなども作る。大型店にはできないきめ細かいサービスも、『くるみ』の差別 化に効果を上げることができた。