山と空気とデジタル回線
京都市は北の外れ。カエルの合唱を聞くことができるなんとも長閑な風景。
『デザインスタジオ・ゴート』の矢木正治さん(35)は、この豊かな緑に囲まれてグラフィックやWEBデザインの仕事をしつつ、Macintoshスクール『CGMカレッジ京都』で講師をつとめるダブルワーカーだ。
インターネットの普及で専用線を使うクライアントが増え、印刷物データの送受信が可能になったため、足で往復する数がこれまでの半分になった。
「デジタル回線さえ来てたらええわと思ってここまで来たんですよ。山は見えるし静かで空気はいいし。」と、住む場所をある程度選択できるというSOHOのメリットが見える。
しかし、SOHOがもてはやされる今、一概にそう呼ばれることは余り好きではないのだとか。確かに、生きていくための仕事から副業や内職までその範疇は広い。まだSOHOという言葉がなかった時代、それなりの覚悟で独立し走り続けてきた矢木さんにとって、それ程仕事に賭ける気持ちが強いということだろう。というのも、実はこれが二度目の独立。
5年間の下積みの後、一度独立したがどうしても食べていくことができない時期があり、デザイン事務所でのサラリーマン生活を2年経験した。そこでの出会いに恵まれたこともあって、再びフリーとなり3年。一人で仕事をし続けていくことの苦渋はよく知っている。
ダブルワークのポイントは、一つのベースで展開すること
2年前から始めた二足のワラジ。そのきっかけはSOHOのメリットの一つ、時間の自己管理にあった。昼間は打ち合わせ等で外出し、デザインワークは夜という仕事のスタイル。昼の時間にロスがあると感じていた時、講師募集の文字が目にうつった。昨今増えつつあるコンピュータ学校。一体どんなことを教えているのだろうと話を聞いているうちに、気が付けば講師に…。
「なったらなったで、すごく楽しくて。」
独りの作業とは対照的なのも、気分がかわって心地良い。今ではグラフィックデザインはもちろんWEBやDTPの講義を週に5、6本こなし、現役デザイナーの立場からモノの見方や考え方を教える。逆に生徒の持つ前向きなパワーは、『先生であるためにきちんと教えられる自分でなければ』という良い意味でのプレッシャーや発奮材料となって返ってくる。
デザインという一つのベース上でのダブルワーク、ということが互いに良い刺激となり、スキルアップや実際の仕事にもつながるというわけだ。月によってはゼロが一つ違うこともあるという収入の面でも、もう一つ仕事を持っていることが精神的安定剤になっている。
過去、全く関連のない仕事をしたこともあるが、スキル・精神面ともにメリットもなかった。しかし、このスタイルならトリプルワークもできそうだとか。
在宅だからこそ避けたい孤立無援、ネットワークは身を助く
とにかく人が好きという矢木さんは、どこにでも顔を出し新しいことに進んで参加する。そこから人と人とのつながりが芽生え、仕事の幅が広がる。
SOHOではじっとしていても仕事はこない。独立当初は、企業の求人募集は才能を求めるサインと考え、積極的にコンタクトをとった。それ程ネットが普及していない頃、日本グラフィックデザイナー協会JAGDAの会員が立ち上げたバーチャルカンパニーeffに参画、ヨコのつながりを築いた。ネットでは、『SOHO WEST』や『仕事の達人倶楽部』等で輪を広げている。
「やはりフリーで仕事をしていると、多くのブレインが必要です。それで僕らなりのネットワークを持っていて、それぞれのスペシャリストに知恵を貸してもらい、逆に彼らがデザインを助けてくれと言ったら、よっしゃーって。」
在宅だからこそ外とのつながりが必要というわけだ。
講師を始めてからは、スクールでの出会いが仕事につながることも少なくない。生徒の就職先を探している際、たまたま知り合った企業からや、すでに業界にいる生徒から依頼されるなど、人とのつきあいを大切にしていれば自然とかえってくることも多いという。
明日をもたらすチャレンジ精神、大切なのは続ける気力
現在、仕事の約7割はホームページ。デザインだけでなく、システム導入の段階から提案できるようにしている。何かを極めることや、時代の流れをとらえた応用力が明日につながる。
「仕事をもらえるということは、あの人に頼んだら大丈夫と思ってくれたはるんやね。だから今はMac使ってる人も多いけど、誰より上の位置をキープしていないと」
と仕事の有無に関わらず、夜8時から3時までは必ずモニタの前に座る。コンピュータがデザイン業界に普及していなかった頃、周辺機器も含め約450万というまさに背水の陣でMacintoshを導入した経験が、すべてに貪欲なチャレンジ精神の現われだ。この先、コンピュータの進歩でたとえ技術レベルが横並びになったとしても、肝心なのはそのなかみ。「やっぱり、この仕事でいかないとね。」
笑顔で語ってくれたこの一言に、すべては凝縮されているような気がした。
旗をあげるときはいつ?
世の中、深刻な不況が続いている。会社もいつどうなるかわからない。こんな時にフリーになるなんて考えられない! という人も少なくないだろう。しかしそんな今だからこそ、冷静にワーキングスタイルを考えるチャンスと考えたい。
企業は今、本当に有能な人材をを求めている。以前、どんなに些細なことでも50年続ければ専門家になれる、と聞いたことがある。それだけ辛く厳しいことだが、自分をSOHOという柔軟な位置におくことで、仕事の間口を広げながら求める道を模索できるのではないか。何か一つでも売りになれば、形態を問わず企業と対等に渡り合うことができ、また望む方向へのきっかけになる。一本の木の幹から枝葉を広げたほうが効果的でずっといいはず。臨機応変に対応できるのが SOHOの利点である。
大切な人生、自分の生き方を求める人は、辛くても不安でもどこかいきいきと輝いている。自分なりの仕事の価値を見い出して豊かな時間を過ごすためにも、SOHOそしてダブルワークという生き方が選択肢の一つにあるのではなかろうか。旗をあげるときは今かもしれない。