初めて外部の仕事をする
いろいろ考えた末、斉藤氏はその仕事を引き受ける事にした。仕事自体は実務経験上なんとかなるし、何よりも、独立するかどうかも決めていない状態で仕事を獲得できるということ自体が、今後の方向性を示しているようで、この縁を大切にしたいと思ったからだ。
また、会社に毎日出社している時には、会議や打合せ、急な問合せや来客などでほとんど忙殺されていたのが、在宅勤務が主になり始めてからは、仕事や問合せなども整理されてくるようになり、作業計画が立て易くなった。何よりも、つまらない事に突然呼び出され、その日の計画が狂ってしまうという事がなくなった。
仕事依頼や問い合わせなども、一旦自分の中で整理してからメールで依頼するので、相互に無駄がなくなったといえる。結果として他の仕事も行える余裕が生まれたのだ。
こうして見ると、会社の勤務時間拘束というのは、工場などでの高品質大量生産型の勤務体系の名残だとしか思えない。企画・発案・知的生産型の産業では、むしろ、環境・条件の良いところで仕事を行うことが必要であり、工場の様に1箇所に集中する事が、必ずしも効率向上にはつながらない。
新しいワークスタイル
友人の会社の事をさらに聞いてみると、社長とは言っても会社の責任者に過ぎず、組織体系は便宜上のもので、実態には合っていないという事だった。全てのコミュニケーションと仕事の依頼はメールで行われ、環境さえあれば、社員は全国どこでも仕事ができる体制を取っている。仕事は、部署や上司に関係なく相互に依頼され、有能な人には沢山のメールがいく。その人がオーバーフローすると、仕事の効率が下がるので、自然に仕事は他の人のところに流れるから業務管理上の調整は必要ないという。また、得意分野、特殊技能の必要な仕事も、そのスキルを持った人に自然に流れるようになるので、まさに、ネットワーク上の自然法則によって会社と人が動いている状態だ。当然、仕事ができない人には仕事が流れなくなり、自然淘汰される。仕事の記録は全て残るので、社員の評価も行いやすい。従って、この会社には総務、経理を除いては、上司、部下などの組織は実質上必要ない。
独立を決心し上司に相談
斉藤氏は、これまでの経緯を聞いて、独立する決心をした。時代の流れが、自分を組織に置いておく事を許さないと感じたからだ。
在宅勤務を始めて6か月後の1998年2月18日、会社に成果と報告を上げ、上司には契約社員形態に移行したい旨を相談。会社での自分の位置付けは明確化しており、その部分をアウトソーシングとして引き受けるという契約だ。具体的には、会社の業務支援システム全体の運用フォローと今後の機能拡張への対応、それと、従来行っていた営業企画の支援業務などだ。
最初は難色を示していた部長も熱意に押され、次の展開を期待するという事で承諾。営業支援システムも今後はインターネット化に向かい、ホームページも開設する事になる。また、米国の取引先向けに、Webベースアプリケーションによる照会、在庫管理、取引情報検索などのシステムも構築していく事になるだろう。斉藤氏の目論みとしては、これらを全てアウトソーシングとして引き受け、企画、提案により、さらに拡張していく事だ。営業支援システムと、企画・プレゼンテーションのシステムも融合したい。会社の業務内容がそのままリアルタイムにプレゼンテーションシステムに反映されるものだ。
会社としても、高度な技術と業務知識が必要な仕事を外部に任せるより、社内に近い人間に依頼した方が効率が高い。この手の技術はますます高度化しており、社内で人材育成するより手間がかからない。彼もそこまでの技術を持っているわけではないが、設計は業務を良く知っている自分が行い、専門的なものは友人の会社に任せれば良い。
友人の会社から依頼されているメールマガジンの連載も、SOHOライターとしての第一歩となる。初回の掲載は、1998年4月28日発刊の5月号だ。このマガジンは、関連企業に無料で配信しているもので、今後、OA化、ネットワーク化に踏み切ろうとする企業へのプレゼンテーションの色彩が濃い。彼の友人は、通常のライターよりも実務経験者の話の方が、こうした企業にはインパクトが大きいと見て彼に依頼したのだ。斉藤氏も、営業企画やプレゼンテーションなどを長年やってきた事もあり、こうした企業向けのつぼを押さえた文章の描き方には慣れている。
彼は、1998年3月20日付で正式に会社を退職し、SOHOへの道を歩み始めた。
本当の勝負はこれから
今まで築き上げてきたノウハウや技術、人脈などを通して、本当の実力が試されるのはこれからだ。SOHOの世界では、地位や社会的信用、属する組織など、自分を修飾・庇護してくれるものはない。評価され、頼れるのは、自分の実力と体力だけである。自ら組織を飛び出さなければ、こういう苦労はしなくて済んだであろう。
それを、あえて振り出しに戻す道を選んだのは、長年の会社勤めで忘れそうになっていた自分の心が、今回の事で呼び覚まされたからだ。それは既成概念に溺れず、常に未知の世界を目指して何かを築こうとする意欲だ。そこに、サイバースペースという新たな荒野が出現した。目の前にした時、彼の心がささやいたのだ。
「旧世界にとどまるべきではない」と。